[新編]叛逆の物語 見た。

 
 
 まどかマギカの劇場版を見た。
 いろいろあって、今頃になってようやくやっとの視聴。
 何も書かずにはいられないので、何の価値もなくても、書いておこう。
 
 DVDで購入したつもりだった。
 ブルーレイだった。
 何を言っているのか(ry ポルポル割愛
 
 PCで視聴する予定だったがブルーレイは見られない。
 PS3で見られると妹から助言。
 見られた。
 
 
 
 序盤の、こういう世界もあり得たんだという映像にほっこり。
 なにはなくともこれがなくては始まらない。
 こうせずには始められない。
 そういう物語だと思う。
 
 しかし魔女でも魔獣でもなくナイトメア?
 ふむ。
 
 変身シーン。
 気恥ずかしかった。
 もう歳なのかな。
 いや若くても気恥ずかしくなってしまうだろうけど。
 マミの教育が行き届いていることが分かって安心した。そこは譲ってはならんところ。
 
 こうあって欲しい世界に満たされながらも、いつ突き落とされるのか気が気ではなかった。
 高いところへ上っていけば行くほど怖い。
 
 某白い悪魔が喋らないのも怖かった。
 早く腹を引き裂いて中身を確認して欲しかった。
 
 お菓子の魔女が白い悪魔に次いでマスコットキャラ然としていて、なんとも不吉だった。
 目が怖い。
 真円の目が怖すぎる。
 
 
 
 杏子が地元に戻れない下りで背筋を何かが駆ける。
 物語が動き始める気配。
 運命の滑車が回り始める。
 ジェットコースターの頂点が見えてきて後数秒で急降下が始まるあの感覚。
 
 ほむの眼鏡が外れる。
 三つ編みが解ける。
 
 マミはほむに対して相性いいよね、戦闘の。
 
 魔女がいて、魔獣もいて、ナイトメアもいる世界だと分かって、
 それが意味するところは……と紐解いてゆくと……
 
 喋 り や が っ た こ い つ ク ソ ッ タ レ
 黒幕が黒幕で安心したよ、むしろ。
 
 感情が追いついてくるというふうな台詞にぞくっとした。
 
 そしてまどか神の神様っぷりに(僕が)救済された。
 
 と思ったら、まさかの展開。
 わかりやすいハッピーエンドで終わっておけばいいものを。
 叛逆の物語って、え、そういうこと……?
 
 
 
 −−−−−
 
 
 
 今から十年とちょっと遡れば、僕はこの世に真実や真理なんてものが存在しないことに愕然としていたはずだ。愕然とというのは大袈裟だが。不安というか、物足りないというか、ずいぶんな世界だなあというか。
 今ではそれが救いでもあるのだと分かるけど。
 真実だとか本当だとかいうものは、そうあって欲しいという願望でしかない。(その願望はときに命を張れるぐらいのものであり得るのかも知れないが)
 今回の結末を導いたのが彼女の真実の願望だったかどうか。
 鬱の状態にある人の真実が鬱を脱した後も真実であり得るかどうか。
 彼女が隔離されるほどまでに弱るに至ったストーリーは明かされていないが、そこにも何かしら彼女にとって不本意な障害があったはずだし、そすいて弱った状態で隔離されて濃縮された感情で導き出した結末が彼女の真実とは限らない。視聴者視点では。でも、ああなってしまったから、もう真実だったということにしてしまうかしかない。作中の彼女らにとってはそうだろう。
 
 それにしても叛逆ねえ。
 叛逆ときたもんだ。
 彼女は『嵐が丘』でいうとヒースクリフか。ヒースクリフは天国を否定して地上の楽園を選んだ。それは既存の秩序を踏みにじる魔性に満ちた行いだった。しかし彼女からはヒースクリフのような魔性を感じない。ヒースクリフはキャサリンという収束地点へ向かっていったと考えると、まどマギの彼女は一体どこが収束地点になるのか。どこへ向かっているのか。いや、すでに収束する点を通り過ぎてあとは拡散するばかりだ。それはもう間違いないだろう。悪魔には孤独と衰退しかない。
 いや、『嵐が丘』で考えるなら、これは『嵐が丘』の前半部だ。ヒースクリフはキャサリンを失ってしまう。独占しようとしなければもっと長く続けられたはずの関係を破綻させてしまう。そして後半部で彼は暴虐の限りを尽くした果てに、そこかしこにキャサリンを感じるようになる。これをそのまま今回の劇場版に当てはめると……。いや、よしておこう。そこかしこにいてもらっては困るから、彼女はそれをもぎ取った。やはり二つは別々の物語だ。
 
 
 
 それにしても彼女の信者はこの劇場版を見てどうなってしまったんだろうか。
 魔女になってしまったのか。
 
 今から考察記事を見て回るとしよう。