総合格闘技というメジャー、総合格闘技漫画というマイナー

読みました

 『鉄風』3巻、読みました。

 3巻目は総合格闘技を始めた主人公・石堂夏央のデビュー戦から始まります。格闘漫画となるとテンポや見せ方を決めるコマ割りが重要になってきます。1、2巻ではまだコマの使い方がうまいかどうか分からず不安がありましたが、3巻で安心しました。これで気長に4巻が待てます。

総合格闘技漫画

 総合格闘技というと、打撃あり、組み付きありの格闘技であり、強い(あるいは強そう)という認識はありますが、その割に総合格闘技というジャンルをメインに据えた漫画はありませんでした*1。ボクシングならグローブをつけて打ち合う、柔道なら胴衣を着て投げるといたイメージがすぐに湧きますが、総合格闘技と聞いてもインパクトのある代名詞は思いつきません。というより、まず、一つの格闘技体系というイメージにすら至らず、打撃も寝技もありというルールのあり方を総合格闘技というのだと間違って解釈している人もいることでしょう。私にしても、打撃ありのレスリングみたいなもん、という認識でいますし……。
 異種格闘技の大会や路上での喧嘩を取り扱った格闘漫画はわんさかありますが*2、それらに比べると総合格闘技というスポーツを描くことは難しいと思われます。先に述べた代名詞の欠如も理由の一つですが、相手の苦手な分野で戦うという総合格闘技の本質が、漫画的に考えて地味すぎるんです。
 しかも、男子のではなく、女子の総合格闘技。狭い業界しか想像できません。
 しかし逆に考えると調理しがいのあるジャンルです。総合格闘技というもののイメージを決めつける歴史的な漫画になれるやもしれません*3

主人公の設定

 本漫画の特徴は、総合格闘技というメジャーなのにマイナーなジャンルを取り扱っていることの他には、主人公のキャラが良い具合に歪んでいる点が挙げられます。
 主人公、石堂夏央は、たいていのスポーツは大した努力をせずとも上級者・熟練者に勝ててしまうほど才気に富んだ人物です。努力なしに勝利できてしまう。彼女はこれを「退屈」ではなく「寂しさ」と捉えています。そんな彼女の望みは、汗を流し、努力という努力を一つ一つ着実に積み重ね、そういった努力が報われないかもしれないほどの大きな目標に挑むこと。
 自他共に認める才能ある主人公という設定は珍しくないのですが、挫折したことがないという倦怠を殊更クローズアップしてくるところが目新しい。
 本漫画の他のレビューを見て回ると、本来なら主人公のライバルとして起用される性格であるとしばしば評されています。確かに。しかし決定的に異なるのは、泥にまみれたがっていることでしょう。ただ「本気になれるもの・相手を探していた」に留まらず、挫折したい、壁にぶち当たってみたい、死ぬほど努力してみたい、願わくば全力を出し切ってなお届かず、人目に付かないところで大泣きしたい、というマゾチックな願望に特殊性が見られます。


 ▲良い具合に歪んでいるのは前巻同様ですが、3巻では1、2巻では見せなかった方面へ振り切っています。

主人公のスペック

 総合格闘技は学ぶことが多いため、ずぶの素人が一から学んでいては漫画としてのペースが遅すぎて面白味に欠けます。(中国拳法漫画がメジャーにならないのも同じ理由か。「はじめの三年間は站椿だけしていろ」とか「次の五年間は小架だけしていろ」という流れでは漫画にならない……。しかし見てみたい)
 となると、主人公が他の格闘技経験者であることも当然の設定といえます。伝統派空手の道場に通い、その後フルコンタクト系の空手を学んでおり、長身であることも踏まえ打撃に関しては十分な下地と素養を感じさせています。で、寝技をまったく知らないとどうなるかという格闘漫画でよく見かけるサンプルを主人公が実地してくれるわけです*4。容易く組み付かれるわ、あっさり寝技に引き込まれるわ、為す術もなく負ける。味わい深いお約束展開でした。


 ▲にしても、空手を使う女子って映えますね。

筋肉

 さあ、筋肉の話に移りましょう。
 特に何も語るわけではありません。ただ筋肉、筋肉と連呼するばかりです。
 3巻で注目すべきは再び脱いだリンジィです。腹と腿の辺りが、もうマッスルですね、容赦なくマッスルです。シャツを着ているときは全然そんなふうに見えないのですが。ストライカーは着痩せするもの。眼鏡も外すし髪も束ねる。ニコニコしっぱなしのキャラのくせに、リングの上では目がマジ。別人です。こうでなくてはなりません。百年の恋も冷めるような変化がなくてはなりません。萌えも憧れも踏みつけにする怖さがなければいかんのです!

 リンジィのいいところは、ムエタイのスタイルで戦うところです。
 ムエタイですよ、ムエタイ! 他の漫画じゃ噛ませ犬扱いのムエタイ様です。バキではムエタイと弱いは同義語です。ツマヌダ・ファイトタウンでも太極拳に噛まれちゃいましたね、ムエタイ。格闘漫画界では、もはや本当に強いのか分からなくなってしまったムエタイですが、それをきっちり強く描いてもらえることがなぜか無性に嬉しい。いや、ちょっと違う。本当に強いムエタイが敗れるシーンを見たいのだと思います。あんなの勝てっこない、という絶望感が今のリンジィそのもの。立ち技特化の彼女を、オールラウンダーを極めんとする総合格闘技の王道を歩む選手がどう戦うのか、見てみたいところです。

痛い

 格闘漫画を読んでいると、殴る蹴るが普通のことのように思ってしまいがちです。そこに伴う痛みが想像できず、感覚が麻痺してしまう。しかし、ときにはハッとさせられる「痛い」場面もあるものです。

 馬乗りになって人の顔面に拳を撃ち込む。こんなことができる人間の感覚は、一般のものからかけ離れているのだと気づかされる凄惨さがありました。

どうでもいいこと


 ▲しかし第12話の表紙は、どうなんでしょう。腰の捻れ方が異様な気がします。目が疲れているのかな……。
 
 

 ▲柔術を使うからって、Tシャツの文字が呪術って、なんですか、これ。オヤジのセンスが光ります。


鉄風 1 (アフタヌーンKC)
太田 モアレ
講談社
おすすめ度の平均: 4.5
3 1巻だけだと
5 いやはやむちゃくちゃ面白いではないですかぁ
3 大分気になる事がある
4 おおむね期待通り
4 女子高生

鉄風 2 (アフタヌーンKC)
太田 モアレ
講談社
おすすめ度の平均: 5.0
5 かなり面白い
5 主人公なのか猿回しなのか
5 性格はアレだが真っ当な総合格闘技漫画!
5 熱血格闘少年マンガ(但しヤンキー系w)

 1巻の表紙が主人公、2巻がライバル、3巻がリンジィとなると、4巻を飾るは紺谷可鈴か。

*1:私が知らないだけかもしれないが。

*2:修羅の門』やバキでお馴染みの板垣先生による『餓狼伝』等々。

*3:忍者というと忍者ハットリ君のイメージがテンプレ化したように。そも、本当の忍者って忍び装束着ていたんだろうか……?

*4:1巻参照。