ポケットに手を入れて、ふてくされ気味に歩く。えっちらおっちら、短い足を前へ、前へ。
「よう」
一匹がいった。
「もうこのへんでいいんじゃないか」
「いいんじゃないかって、なにが?」
先頭を歩く彼が振り返りもせずにいう。
「別に。いってみただけさ」
「そうかい」
「今度は、ちょっと訊いてみたりなんかしても、いいか?」
「好きにすればいい」
「俺たち、どこへ向かってるんだ?」
「西さ。太陽が沈む方へ」
「へえ。俺はてっきり、あれは朝日で、こっちは東と思ってた」
「そういうことも、あるかもしれない」
「ないとはいいきれない」
「そういうことさ」
「そういうことか」
少し遅れ気味の一匹がいう。
「なあ、歩くのは疲れた」
「そうだな」
先頭の彼は振り向かずに頷いた。
「歩くのを止めないか」
「それじゃあ、飛んでいこうか」
「いいね」
「どうせ飛ぶなら一万七千四百九十七マイルパーアワーぐらいで飛びたいね」
「それはどれくらい?」
「マッハ23てとこかな」
「ふうん。僕が出せる速度を鑑みるに、ちょびっとだけ足りないな」
「じゃあ飛んでいくのはやめよう」
「やめよう」
「歩くしかない、ということさ」
「それならしかたがない」
最後尾の一匹がいう。
「泳いでみないか」
「氷の上をか?」
先頭の彼はただ言葉を吐く。
「俺たちは泳ぐ生き物だ」
「そうだ。だがいつでもとんがった部分で戦えるわけじゃない」
「どうしても、歩かなきゃならない?」
「二本の足が健在である限りは」
橙色の空を形のない雲が走る。協調性を失して。太陽も輪郭を忘れる。山吹色の淡い光を帯びた氷雪はその混沌とした空と交わって果てを覆い隠し彼らの世界を閉じたものに変えている。
先頭を行く彼は小さな吐息を吐き出した。
「すまねえ。本当は、俺は、迷子なんだ。朝か夕方か、東か西か、何も分からないし、何か分かった気がしても、三歩目には忘れている。くたびれたし、あてもない。これが絶望か」
「だが、朝だろうと夜だろうと関係あるだろうか、目的地を知ってさえいれば、すべてはまだ途中というだけのことで」
と、二番手の彼がいう。
「どこをめざしているのかも、分からない」
「だが、東だろうと西だろうと、関係あるだろうか、どちらも先っぽが繋がっているというのに」
「ああ、空を飛べたらいいのに」
これを受けて、遅れ気味の彼がいう。
「飛べずとも、足があるさ。それに、なまじ飛べたとして、見える景色は変わるまいよ、あの絶望の空へ近づくだけだ」
最後尾の彼も同じことをいう。
「泳げずとも、足があるさ。得意分野ではないけれど、今はこれしかないのなら、これにかけて、やることをやるだけさ」
ひょう、と冷たい風が吹いた。空が鳴いていた。
「そうだな、歩くだけだ」
先頭の彼は力強く頷いた。
「この向こう側になにもなかったとしても」
彼は後続の仲間が首を振って否定したことを悟った。彼らは声をそろえていった。
「この向こう側に何があるのか、誰も知らない」
先頭をゆく彼は、先頭をゆくがゆえの気苦労を知らない後続の無神経さにやや拗ねた。
ポケットに手を入れて、ふてくされ気味に歩く。えっちらおっちら、短い足を前へ、前へ、前へ。