漫画に見るミオスタチン関連筋肉肥大

 筋骨を肥大化させるミオスタチン関連筋肉肥大(myostatin-related muscle hypertrophy)と呼ばれる体質があります。この体質にあるものは筋量が常人の1.5〜2倍になる可能性があります。
 どうです、格闘漫画で取り扱うネタとして魅力的ではありませんか?
 実際、ミオスタチン関連筋肉肥大のキャラクターを登場させた漫画があります。今回はそのキャラクターを二名 紹介します。

 ――と、その前に。
 ミオスタチン関連筋肉肥大のネタ元サイト(なんでも評点)のリンクを貼っておきます。私の知識は基本的にリンク先から得たものです。
なんでも評点:“超人”は実在する ― 現時点で100人の存在を医学的に確認、うち1人は心臓疾患が自然治癒し生後5ヶ月で十字懸垂
 
 

金隆山康隆

 まず最初に紹介するのは木多康昭先生の『喧嘩商売』に登場する金隆山康隆(こんりゅうざん やすたか)です。
 

 
 喧嘩商売』はミオスタチン関連筋肉肥大をはじめて取り扱った漫画です。(←間違いでした。あとで紹介する『嘘喰い』の方が先です)しかしミオスタチン関連筋肉肥大に関する説明はこなれた感があります。メリットばかりではなく、本来脳に供給されるべき栄養が筋肥大に費やされるリスクの面もきっちりと説かれています。*1
 
 ミオスタチン関連筋肉肥大の研究機関では、ミオスタチン関連筋肉肥大に該当する者を約100人確認しています。木多先生はこの100人という人数を作中でも採用し、金隆山康隆がその100人の中でも選りすぐりであるとしています。該当のナレーション部分を引用しましょう。
 
 ▼『喧嘩商売』20巻より引用

現在の世界人口68億人
そのうちミオスタチン関連筋肉肥大と確認されている者100人
そのうち遺伝変異が原因で筋量が2倍に達する者30人
そのうち筋細胞による非受容も重なっている者1人
そのうち筋量が常人の2倍を大きく上回る者1人
そのうち身長が197センチ以上ある者1人
その1人の超人が横綱金隆山

 
 ミオスタチン関連筋肉肥大が引き起こされる要因は二通りあります。
 ・ミオスタチン遺伝子の変異が原因であれば筋量は2倍となる可能性を持つ
 ・筋細胞のミオスタチン非受容が原因であれば筋量は1.5倍となる可能性を持つ
 金隆山康隆はその両方の要因を持つものという設定です。
 ゆで理論的には2×1.5=3倍の筋量を持つ、といったところでしょうか。木多先生は流石にそこまで安易ではなく、《2倍を大きく上回る》という曖昧な表現にしていますね。
 筋量が常人の倍を上回るというところからの発想なのか、彼は力士として描かれます*2。自他共に認める史上最強の横綱なのです。しかも「突っ張り」「張り手」「閂」「鯖折り」を自ら禁じ手とし、人間に対してはまだ一度も使っていないという。
 

 ▲人外が相手ならば禁じ手も必要なし
 
 こんな超人力士が目つぶしや金的すら認められている何でも有りの舞台で他の格闘技と戦ったなら、一体どうなるのでしょう!?*3
 ――と、煽っておきながら、『喧嘩商売』は休載に入り、金隆山康隆が他流の者と交える場面は未だ描かれていないのです。
 

 

箕輪勢一

 次に紹介するのは、迫稔雄*4先生の漫画『嘘喰い』に登場する箕輪勢一*5です。
 

 
 『嘘喰い』はギャンブルを題材とした漫画です。というと、カイジのような、イカサマ込みの心理戦が持ち味と思われるでしょう。もちろん、メインディッシュはそれです。しかし、同時に格闘漫画的側面も持ち合わせています。格闘シーンの娯楽性に関しては、本格格闘漫画よりも『嘘喰い』の方が秀でているといっていいぐらいです。
 
 箕輪勢一は『嘘喰い』10〜14巻に登場。警視庁密葬課に所属しています。密葬課というのは架空の部署ですが、なんとも物騒な響きですね。その物騒な響きの通り、暗殺を生業としている部署のようです。もちろん、不正にまみれた汚職警官の手先として、主人公側に対立する立場にあります。
 
 さて、先に紹介した金隆山康隆のヴィジュアルを見ても分かるように、ミオスタチン関連筋肉肥大であれば筋量が常人よりも増加するため、室伏のようなマッチョ体格になるはずです。しかし箕輪勢一はミオスタチン関連筋肉肥大を持つキャラクターですが、一見して他の登場人物と変わらない体格をしていることが分かります。痩せてはいないが、劇的な筋肉を纏っているわけでもない。そこに箕輪勢一の強さを支える秘密があります。
 金隆山康隆がミオスタチン関連筋肉肥大の要因を二つとも有していたように、箕輪勢一もミオスタチン関連筋肉肥大であると共にもう一捻り特殊な設定を加えられているというわけです。彼は高密度に圧縮された天性の筋骨を有しているため、見た目以上に体重があるというのです。
 
 作中の理屈を引用しましょう。
 ▼『嘘喰い』12巻

恐らく男の体重は身長に比して遙かに重く100kg軽く超えているはず。
高密度に圧縮された筋肉・骨・腱… 筋密度と… 筋繊維数の数値が故なのか
大袈裟に肥大せずとも圧倒的な力を蓄え続ける天性の筋骨
天与の強度と優れた伸縮性を兼ね備えた筋繊維の存在に重ね…
筋肉成長抑制ホルモンの生成量が限られた体質ゆえに…
数十年…
生まれてこのかた一日の休みもなく発達し続けたその強靱な筋骨が生まれたのではと
いわばその巨躯によって滅びた 太古の生物より進化した…
まさしく超人

 
 ううむ……。言葉の意味は分からんがとにかくすごい自信だ……!
 好意的に解釈すると、筋肉の量ばかりか質が優れているうえに、筋肉に関連する諸々の密度が高い、と言いたいようです。

 板垣理論的には「無知な科学者には辿り着けない境地がある」といったオクレ兄さんことジャック・ハンマの最終形態のような完成された筋肉を纏っている、というところでしょう。もちろんオクレ兄さんのような痩せた体型ではなく、人並みの体型ですから、オクレ兄さんよりも筋量が多いため、より大きな力が出るという理屈です。一日30時間のトレーニングという矛盾を超えた境地を更に超えたスーパーオクレ兄さん2、それが警視庁密葬課 箕輪勢一という男……。

 なんという「僕が考えた最強のパワーキャラ」……!
 しかし、美点ばかりではありません。彼の設定(もとい体質)につきまとう問題こそが、彼を異様なキャラクターにしているのです。
 ミオスタチン関連筋肉肥大は摂取カロリーを筋肥大に割いてしまうため、大量のカロリーを摂取する必要があります。(なんでも評点で紹介されていた例では一日六食もの食事量を必要としていました)。ありていにいえば、すぐに空腹になってしまうのです。
 
 ( 以下、ストーリーを追うので、ネタバレ注意です。 )
 
 箕輪勢一は、天真征一*6警視長と行動を共にし、『嘘喰い』の主人公である斑目貘&マルコの敵としてラビリンスというゲームに参加します。
 ところが、このラビリンスというゲーム、結構な時間を要するゲームだったのです。箕輪勢一が携帯していたスニッカーズで栄養補給しているシーンもあるので、空腹を感じつつあったのかもしれません。
 そしてゲーム内で暴力の行使が認められているMタイムにて、箕輪勢一はマルコと対戦し、見た目からは想像できない膂力でマルコを圧倒します。
 

 
 しかし、箕輪勢一は二度目のMタイムでマルコに敗れます。
 時間の経過と過度のダメージから、箕輪勢一の肉体はカロリー不足に陥ります。敗北のショック、マルコへの復讐心、飢餓状態、天真征一への猜疑心、諸々の理由で精神の均衡が崩れたのか、箕輪勢一は迷宮を彷徨うミノタウロスさながら、仲間であるはずの天真征一を捕食するのでした*7
 
 
 そして迷宮のミノタウロスこと箕輪勢一は、「戦闘能力たったの5か、ゴミめ」どころか1あるかどうか疑わしいほど非力な主人公・斑目貘の前に現れるのです。ゲームのルールを無視してでも暴力を振るうであろう箕輪勢一を前に、斑目貘はどう振る舞うのか。――それは本エントリの扱う範囲ではありませんので、書店で『嘘喰い』を購入して下さい。

*1:なんでも評点を参照すると、「乳幼児の体脂肪が不足していると、成長が阻害され、中枢神経系が損傷するおそれがある」とあります。

*2:格闘オタク的には「全身筋肉の超人といえば?」と訊かれると「力士」と答えるものです。

*3:格闘漫画オタク的には「喧嘩で戦ったなら」よりも「バーリトゥードで戦ったなら」の方が興味深かったりします。

*4:「さこ・としお」 ATOKで変換可能なのですが、正直、読めません。

*5:「みのわ・せいいち」

*6:「あまこ・せいいち」読めない名前だねぃっ。

*7:捕食シーンは描かれていないが、捕食されたことが暗示されている。