格闘漫画における猪木――生野勘助

 『格闘漫画における猪木』という題名でエントリをいくつか書こうかなと思っていたが、Wikipediaで前調査をしてみると、これが意外に多かった。
 

猪木をモデルとした架空の人物・キャラクター
マンガ・小説
国会議員(浦安鉄筋家族
グレート巽餓狼伝
猪狩完至(グラップラー刃牙
アイアン木場(高校鉄拳伝タフ)
金小路鉄男(The・かぼちゃワイン
グレートニオ猪地(マーダーライセンス牙
生野勘助(喧嘩商売
アドニオン諸本(頑丈人間スパルタカス

 ▲アントニオ猪木 - Wikipedia
 
 多いばかりか、知っているのがグレート巽、猪狩完至、生野勘助の三名だけだった。
 

 ▲グレート巽餓狼伝
 

 ▲猪狩完至(グラップラー刃牙
 
 そもそも私はプロレス世代ではないし……
 アントニオ猪木のことを、ほとんど知らないも同然……
 そのため猪木を題材にする意欲が嘘のように枯渇してしまったのだが……
 
 元気ですかーっ!
 
 元気があればなんでもできる!
 
 というわけで、せっかくだから一つだけエントリを書くことにした。
 
 今回紹介するのは*1木多康昭先生の作品『喧嘩商売』に登場する生野勘助(いくのかんすけ)だ。
 
 

生野勘助

 
 ミスター・プロレスと呼ばれているほど作中のプロレス史の中核的役割にある人物です。この生野勘助の描かれ方として興味深いのは、プロレスの衰退・復興が彼の行動原理としてあることです。
 
 
 
 作中の時系列に沿って彼の戦歴を追いかけてみましょう。
 
 

vs空手王・山本陸

 
 まずプロレス黎明期から異種格闘技戦までの歴史があるはずなのですが、そのあたりの流れはほぼ語られていません。が、ともかく、登場時から生野勘助は大和プロレスの社長として君臨しています。
 そして、その異種格闘技戦の一つとして プロレス 対 空手 の構想を抱いていた生野勘助は、空手王・山本陸に接触します。
 山本陸は当時、自他共に認める最強の格闘家であり、熊よりも強いぐらいでないと対戦を承諾することはありませんでした。しかし山本陸は開発中の技『煉獄』を試すにはタフなレスラーがうってつけと考え、生野勘助と夜間に決闘を行います。(この辺りの細かいいきさつは想像するしかありません。生野勘助としてはテレビ中継のある場でなければ立ち合う意味がないので、決闘とはいっても、まず山本陸に実力を見せつけ、その気にさせようと目論んでいたのではないかと推測できます。)
 結果は生野勘助の惨敗となりました。山本陸の煉獄が炸裂し、生野勘助は全身打撲に加え、両膝の靱帯断裂の重傷を負います。
 山本陸は生野勘助の格闘家生命は終わったと見なしました。
 
 

vs空気の読めない総合格闘家・反町隆広

 
 大和プロレスには阿南優太と反町隆広という同期のレスラーがいました。
 阿南優太は覆面レスラー・カブトとして日本プロレス界の隆盛を築きました。ゆくゆくは生野勘助の後継者となるはずでしたが、不幸な事件を起こし、刑務所に服することとなります。この事件のためにプロレスのテレビ中継は終了し、大和プロレスは衰退の一途を辿ります。
 反町隆広はプロレスを引退し、総合格闘技の場で連戦連勝を続け、世間の注目を集めました。彼の人気に目を付けた生野勘助は彼に総合格闘技のルールで試合をするようにもちかけます。しかしその裏では試合の結末を示唆していました。シナリオありきのプロレスに嫌気の差していた反町隆広はこの対戦を拒否しました。
 
 後日、反町隆広は大和プロレスの練習場へ生野勘助を呼び出し、喧嘩をふっかけます。プロレスではなく真剣勝負をしろ、というわけです。総合格闘家として知名度のある彼を倒せばプロレス再興の足がかりとなるため、生野勘助には喧嘩を受けるメリットがあります。
 しかし生野勘助は戦いません。
「だが俺はもっといい方法を思いついた。こいつらがお前をのばして マスコミには生野が一人で倒したと伝えたほうが効率的だろう」
 弟子三名を反町隆広にけしかける生野勘助。
 
 きたない、さすが生野、きたない。
 
 しかし反町隆広はレスラー三人をものともせず失神させ、いよいよ生野勘助へ迫ります。そんな彼へ生野勘助はシナリオ通りだと述懐するのです。
「反町がこのくらいやることはわかっていた。本当のシナリオはこうだ。道場破りに来た反町がたった一人で3人のレスラーを倒す。噂以上の強さ――。だが弟子をフクロにされてミスタープロレス生野勘助が黙っているわけはなかった。総合格闘技の反町隆広といえど本気になった生野勘助にはかなわなかった。どう考えてもこっちのシナリオのほうが正義と悪がはっきりしていていいだろ」
 
 きたない、さすが生野、きたない。
 
 
 勝負の行く末は凄惨を極めました。
 生野勘助ははじめ反町隆広を圧倒します。恐らく山本陸戦の後遺症で軽やかなフットワークや器用な足技は使えないはずですが、見事に意表を突いて馬乗りになり、一方的に殴り続ける圧倒的優位な状況を確立します。
 しかし反町隆広は何事にも一発逆転はあるという信条を口にします。絶体絶命の状況から裸締めへもつれ込み、生野勘助の稼動域の限界を超えるまで首を締め上げ、逆転したのでした。
 結果として、生野勘助は頸椎損傷による後遺症として(首から下の)全身麻痺を負います。 
 

 

vs世間

 両膝の靱帯断裂すら克服した生野勘助でも、全身麻痺を解消することなどできません。レスラー生命を失ったどころか、車椅子に乗ることさえできません。介護なしでは生きられない状態なのです。絶望しないはずがありません。しかし絶望したという描写はありません。生野勘助は反町隆広の信条を反芻します――すべてのものに一発逆転はある。
 
 「一発逆転」とは何でしょうか。生野勘助は何の勝負から逆転しようとしているのでしょうか。そこに生野勘助の闘ってきたものが現れています。すべてはプロレスのため。生野勘助の勝利は彼個人の勝利としてあるのではなく、プロレスを持ち上げるためにあるのです。
 今まさに闘いの途上であると理解していれば、全身麻痺の状態からでも一発逆転はある。生野勘助にはまだ生野勘助として闘う方法が残されている。
 
 生野勘助は一発逆転のためにリハビリを始めます。このときには逆転のシナリオができあがっていたのでしょう。――リハビリするミスタープロレスとして世間の注目を集め、その過程で世論を誘導し、服役中の阿南優太を仮釈放させる。覆面レスラーカブトのカリスマ性と出所というドラマ性があればプロレス復興は可能である――
 
 生野勘助は自身の描いたシナリオを完璧に遂行しました。超人的な精神力で継続されたリハビリにより彼は全身麻痺を徐々に克服してゆきます。その過程をテレビの特番に組ませ、テレビの常連となって獲得した知名度を利用して都知事選に出馬。彼の出馬を取りやめさせたい●●党の幹事長と取引をし、阿南優太の仮釈放が決まるのでした。
 
 いつ何時も諦めない男。ミスタープロレス、生野勘助。その生涯はプロレスに捧げられて、表からも裏からもプロレスを支え続けるのでした。
 
 

喧嘩商売』の今後

 生野勘助を中心としたドラマは、もう登場しないだろうが、生野勘助がプロレス再興をかけて世に送り出したプロレスラー・カブトこと阿南優太が活躍するのはこれからの話。
 阿南優太ばかりか、空気の読めない総合格闘家 反町隆広の活躍も是非読んでみたい。
 作中では最強の格闘技は何かというテーマを巡って日本一の格闘家を決めるトーナメントが開かれる。阿南優太も反町隆広もこれに参加する。トーナメントの組み合わせを参照すると、うまくすれば両者は二回戦で対決することとなり、元同門の試合が見られることとなる。
 これに限らず、このトーナメントはどの試合のカードも漫画一本描けるに価する魅力がある。
 と・こ・ろ・が。
 この『喧嘩商売』という漫画、連載は止まっている状態なのである。
 これはなかなかに厳しい攻めである。HUNTER×HUNTERによって訓練された私にとっても、こればかりは耐えかねる。というか、富樫先生は連載を再開してから週刊ペースを順調に守っているではないか。
 作者の木多康昭先生には頑張ってもらいたいものです。
 お願いしますよ、木多先生。
 先生だってHUNTER×HUNTERが毎週読めることを幸せと感じる人種でしょう?
 島ぶーをいくらでもネタにしていいから! 描いて!

*1:うん、次回なんてないわけだが。