狭い路地に路駐するやつってなんなの

 季節柄、蝉なんて鳴いちゃいないけど、季節が季節であっても蝉なんて鳴いちゃいない早朝であれば三十分で到着できる会社に、昨日は一時間以上かかったし、タイムカードを押したのは遅刻になる三分前、ギリギリセーフ。夜勤ですよ日勤のみなさんは早く帰って下さいよと現場に出て行くが日勤のみなさんは残業でなかなか帰ってくれない。おいどんを早く一人にしてくれ。
「お前、明日仕事やって知ってるよな?」
 先輩社員が言う。はい、知ってますよ、当たり前じゃないですか。憎い社内カレンダーは勤務を告げるホワイトだカラー、アハハ、ハ。休日を告げるピンクカラーは裏切りを知っているというのに、ホワイトくんは大真面目だカラー、アハハ、もっと腹黒くなりたまえよ。
「お前の同期は休みやけどな」
「マジですか」
「営業も商品開発も三連休や」
 社内のではないカレンダーを見て納得。世間様は三連休。あっしは日曜だけ休み。日曜が安息日といったって、夜勤だから日曜日にまだ働いている計算。感覚が受け付けない。世間様に嫉妬。三連休に逆恨み。いや、いやいやいや、それはよくない、みんなは休むべきだ、世界中の休日が増えますように! しかしせめて邪魔をせんで欲しいものだ。休日ともなれば交通量がどうなるか予想が付かないから早く家を出なけりゃならん。
 十四時間半のお勤めを終えて日勤社員どもが帰りよる。この会社おかしい。日勤は地獄だ。夜勤は逃げ場だ。十二時間で帰られる。十二時間、短い、ヤター。……あっしの感覚もおかしい。
 さぼりながらの十二時間が終わる。さぼるのはせめてもの抵抗。見えないところでの抗議。あっしの仕事は一言でいえばみんなの尻ぬぐいをする仕事。拭いすぎて仕事なくなってきているのに、なんでまた明日も出勤……? や、明日って、日付変わってるから、正しくは今日か……。
 で、車を飛ばして帰ります。踏切の手前を折れて狭い路地へ。さあおうちに到着、という最後の左カーブを曲がってライフちゃんとご対面。土曜日はなぜか路駐されているライフちゃんがおります。家のガレージの斜め前方を占めるクソライフ、十円傷つけてやりたい。頭からガレージに突っ込むなら問題ないが、バックで入れるのが好きなんですよあっしは。クソライフを躱して、車種不明の白い車も避けつつ左折して、T字路で方向転換。さあ引き返そうと思ったら、あら不思議、さっきは通れたのに今度は通れる気がしない。難易度あがってませんか? 教習所で苦戦した直角クランクを思い出す。慎重に愛車を進ませ、ハンドルを右に切る。右に行きすぎると溝、左に行きすぎると車種不明くんとごっつんこ。やっぱり難易度あがってません? なんです、これ、あれですか、裏試験ですか、クリアすると隠れ潜んで見守っていた審査員が出てきて「おめでとう、君もこれで晴れて正真正銘のドライバーだ」とかいって拍手するパターンですか? で、正真正銘の運転免許証をもらう、と。じゃあ今までの偽物のライセンス? あ、そうか、本物てもしかして金ぴかなのじゃないか、ゴールド免許っちゅうもんがこの世にはあるそうだから。まだ実物を拝んだことはないが、もらえるものならもらっちゃろうて。いやしかし難しい……。四十五度の角を二つ経てご近所さんちを取り囲んでいる溝を窓から覗く。タイヤの軌道、要チェックや。左側は車種不明君とほとんど隣接間合い。よくよく確認したら十五センチ開いてましたけんど。お次は車種不明君とクソライフの隙間を縫う。クソライフに当ててやりてえ、畜生め。当てたら痛いのはこっちだけども。愛車の右がクソライフの左と衝突しないかイライラ、愛車の左後ろが車種不明君とぶつからないかビクビク、愛車の左前輪が溝に落ちないかドキドキ。この溝に落としてもどこぞの豆腐店のパンダトレノみたく華麗なドリフトが決まるわけでもないから注意。しかしなんでクソライフのサイドミラーは開きっぱなしなのだ、たまには閉じろ、閉じてろ! はい、クリア! さあ得点はいくつですか、審査員さん、でておいで、金ぴかの免許くださいな、なんだ誰も出てこない、もしかしてバック待ちかな、いいよ、あっしのバックは自宅のガレージの前が一番うまいからね、まあ誰だってそのはずだとは思うが、そら、入った、抵抗なくはいると気持ちいいよね、さあ今度こそ出ておいで審査員さん、偽のライセンスと早く取り替えてちょうだいな、ほら、この、この偽の……、あれ?
 財布、会社に忘れとるがな。