断片:今日読み返した一段落

 レイラは強引にマキシマム*1を先行させ、その後ろを進むよう心がけていた。若い馬の尻を押し込む彼女の手は広かった。その指先があのぼんぼんの目をえぐったのだったな、と僕は思い返していた。時々信じられなくなる。この明朗な娘が僕の目の前で人を殺めたことがあるということを忘れる。僕が接吻をしてあげたくなる彼女の指が、その第二関節までを男の眼窩にえぐり込ませ血の涙を流させたのと同じ指だと思えなくなる。二つは同じ場所にあるというのに、別のもののように思える。抱きしめられたいと感じる逞しい腕が、あの赤毛の男の首を締め上げ、へし折ったのだという事実は僕にも幼少の頃があったという事実と同様に確かでありながら、感じられる実在性も同様に朧気だ。疲労や野性味のある生活が僕から人間味や文化的性質を麻痺させてしまったのか、僕には過去も未来もなく、今目の前にあるものだけが、今僕が手をついている木の幹の感触のようにごつごつとした実在性を有していると感じられた。特にレイラは真理としての象徴性を全身に帯びていた。僕が彼女の存在を見失うことは自分の生命を見失うのと同様にあり得ないことに思われた。

*1:馬の名前