インコの対立

 唐突だが、我が家で飼っている二羽のインコ、その対立について語りたい。
 まずその二羽を紹介しよう。



 チョキちゃん。
 セネガルパロット。
 和名はネズミガシラハネナガインコで、その名の通り頭部はねずみ色。羽は黄緑色。腹部は黄色で、この部分がV字を描くところからチョキと名付けられた。
 性別不明。多分、雄。*1



 グリちゃん。
 ウロコインコ。
 目の周りは白い羽毛で囲まれているが、虹彩は灰色で瞳孔は黒色*2とどちらも黒っぽく、ひとつの大きな黒い目のように見える。ぐりっとしたおめめをしているということで、グリと名付けられた。
 胸回りに鱗状の美しい模様が描かれるからウロコインコなのだが、ストレスで自分の羽を引っこ抜いてしまうグリちゃんの胸には何の文様もなく、ただ毛羽立っている。
 性別不明。多分、雄。



 この二羽が険悪な仲にあることは以前、記事に書いたが、軽くおさらいしておこう。
 まずチョキちゃん。
 このコは人見知りをするが、ぼくにだけは懐いている。

 一方、グリちゃんは人なつっこく、誰にでも懐いている。遊び相手がぼくしかいないときはぼくに全力で愛想を振りまく。
 チョキちゃんはぼくと遊びたいが、放鳥タイムに入るとグリちゃんが前に出てくるため、アプローチできない。
 両者は互いの羽毛を毛繕いするほど仲が良かったが、ついに対立するようになってしまった。



 前回は書かなかったが、チョキちゃんとグリちゃんはクリッピングされていた。
 クリッピングとは羽の特定の部位を切ることで飛行能力を弱める処置。主に脱走を防止するためであったり、飛行に伴うリスクを解消するために行われる。
 飛べないし、飛ぼうとしないため、ケージの口を開けてもケージから離れることはない。
 ケージの戸を開けると、そこが足場になる。ちょうど跳ね橋を下ろしたような構図である。チョキちゃんのケージの戸口には止まり木もついている。仲が良かった頃、ふたりは同じ止まり木にとまって頭をくちばしでかいたり、かいてもらったりしていた。




 ▲だいたいチョキちゃんが頭を突き出していってグリちゃんに毛繕いをさせていた。




 グリちゃんのケージも隣接しており、グリちゃんは両足と嘴を器用に使ってケージ側面を伝って移動する。そしてチョキちゃんに構おうとしていたぼくの前に出てくる。ケージから出てこようとしていたチョキちゃんは一旦ケージの中に引っ込む。ケージの奥の止まり木に飛び移って、身体を左右に揺すってアピールする。ケージの中に手を伸ばして遊んでやろうにも、苦しい姿勢を取ることとなるし、チョキちゃんに手が届く前にグリちゃんがぼくの腕をよじ登って肩まで回り込み、「ボクと遊んでくれないと耳にピアス穴あけちゃうよ?」と脅してくる。
 チョキちゃんはぼくへの思いを募らせる。やがてケージの外の足場までやってくるようになった。しかしグリちゃんは足場の最先端にいてぼくへのアピールを欠かさない。チョキちゃんが前まで出て来ようものならつついて追い返してしまう。
 ふたりはバナナが好きで、食べやすい大きさにカットしたものを持っていくとすぐに足場まで出てくる。美味しい?と聞くとチョキちゃんは食べ終えてから、オイシ!と返す。いつものことである。ただ、あるとき、それがグリちゃんの怒りを買うこととなった。グリちゃんがなぜそのときに限って怒ったのか、よく分からない。普段よりオイシ!の声量が大きかったせいかもしれない。ひとり抜け駆けして飼い主に媚びを売り始めたことに苛ついたのかもしれない。食べかけのバナナを投げ捨て、チョキちゃんに猛烈な一突きを浴びせた。哀れ、チョキちゃんは尾に火でもついたかのようにケージの奥に引っ込んでしまった。
 こら、そんなことをしてはいけない、とグリちゃんをしかりつけるが、グリちゃんはたった今の出来事がなかったかのような愛らしい顔で首をかしげる。「ボク可愛いでしょ? ボクと遊んで? ね?」鳥なのに猫を被るとは、これいかに。



 万事、そんな調子だった。



 体格の差からするとチョキちゃんの方が圧倒的に強そうに見えるが、実際のところ、格付けは済んでいた。グリちゃんの天下である。
 セネガルパロットは獰猛な性格をしているらしいが、チョキちゃんは臆病者だ。鳥だけにチキンである。
 一方、グリちゃんはジャイアニズム全開で振る舞う。チョキちゃんのえさを食べ、チョキちゃんの飲み水で水浴び遊びをし、チョキちゃんの止まり木を占領して陽気に身体を揺する。ウロコインコは、ググってもらえば分かるが、仲間と寄り添ってもふもふの塊となり、狂おしいほどの愛らしさを見せつける。そこにはピュアな友愛の情が溢れている。しかし、である。嫌いな者がいればそれが同族であろうとイジメ殺す陰険な側面も持っている。
 グリちゃんのやりくちは陰険ではないが、ストレートに暴君たらんとしていた。
 臆病なチョキちゃんが逆らえるはずもなかった。
 それでも堪忍袋には限界があったらしい。フラストレーションの爆発が起きた。



 その日もグリちゃんは足場の真ん前まで身を乗り出し、絶好調であることを示す上下の伸びの運動を行っていた。チョキちゃんがのそのそとやってきてもまったく気にかけていなかった。ジャイアンのび太が反逆するとは思わない。常になめてかかる。アウト・オブ・眼中とはまさにこのことだった。
 チョキちゃんはケージの中の止まり木からケージ外の足場へのそりと出ると、その後は少しだけ素早かった。いつぞやのお返しとばかり、グリちゃんのケツにくちばしをびしっと叩き込んだ。グリちゃんはたまったものではない。瞬時にUターンしてチョキちゃんのケージの中へ退避した。ケージの内側に張り付き、キツツキのようにケージにくちばしを叩きつけていた。「オレは負けてない! 負けてないぞ! まだやれるんだ! かかってこい! オレはまだやれるぞ!」と、そういっているのだった。無論、あからさまな虚勢だ。自然界で生き抜くためには弱みを見せてはならないとするグリ公の哲学があったのだろう。
 チョキちゃんはグリちゃんを欠片も気にしていなかった。ぼくに撫でてもらおうとアピールに余念がなかった。
 その後、グリちゃんは虚勢を張り続けていた。実際にはダメージがあって動けなかったのだろう。ケージから出てこないし、出そうとして手を伸ばすと噛みついてくる。自分のケージに戻ってくれなければ入り口を閉じられないので難儀した。



 こうして格付けはリセットされた。
 某格闘漫画にこんな台詞がある。
 《たった一度の勝利が、蚊トンボをライオンに変える》
 まさにそれだった。
 臆病だったチョキちゃんはこの勝利で自信をつけた。
 セネガルパロット本来の獰猛な性格を取り戻したのであった。
 しかしグリちゃんもグリちゃんである。一歩も引き下がるつもりはない。
 ふたりの対立はいよいよ本格的なものとなった。
 こうなるとケージが隣り合っていることが裏目に出る。睨み合っては威嚇の雄叫びを上げ、嘴をケージにぶつけてカンカンカンと踏切ではないが音を鳴らす。
 チョキちゃんはケージからぶらさがっているオモチャ*3を振り回してグリちゃんのゲージがある方へとぶつける。木製の塊が振り回されて猛烈な勢いでぶつけられるのである。たとえるならバイクにまたがりコルクバットで学校の窓ガラスを割っていく様であろうか。サイズの比率としてはコルクバットどころかトーテムポールとするのが正しい。
 グリちゃんも負けじと三角ベッドをチョキちゃんのケージの方へとぶつける。このベッド、ググれば一発でアマゾンの該当ページが一番上に出てくるので描写は省くが、柔らかい布地なのでケージにぶつけても音のインパクトに欠ける。だが見た目のインパクトは負けていない。たとえるならプレハブ小屋を体当たりで押し切ってしまう横綱力士であろうか。
 威嚇行動とはいえ喧嘩に道具を使うあたりにふたりの知性がうかがえる。
 ケージを別々の場所に移すのは飼育上、不都合が多いのでケージの間に新聞紙を挟んだり木板を挟んだりして互いの姿が見えないようにしなければならなかった。
 ケージを解放するときも、同時に解放することはできない。ふたりが出会えば喧嘩になる。しかしチョキちゃんだけを解放しても喧嘩になった。ぼくに遊んでもらうよりも先にグリちゃんへの牽制を行う。肉体を膨らませ、羽毛を逆立てると、倍の大きさにふくれあがる。これはドラゴンボールを連想せずにいられない。見たまんま、スーパーサイヤ人だ。漫画では超と書いてスーパーとルビをふるわけだが、それならばチョキちゃんの場合は鳥(ちょう/スーパー)サイヤ鳥といったところか。それも悟空やベジータではなくブロリーである。
 威嚇のための最終形態となってグリちゃんのケージにしがみつき、くちばしを叩きつけて脅す。その姿は東京タワーをよじのぼるキングコングを彷彿とさせるが、ぼくはその様にむしろキングギドラを見る。首こそ一本しかないが、立派な翼があって腕はないフォルムが一致していることと怪物的横顔から自然な連想であると信じている。鳥を飼ったことがある人ならきっと一度は「ああ、こいつは恐竜の子孫だ」と思ったことがあるはずだ。
 チョキちゃんは臆することを知らない。体格差を考えない。撤退のねじが外れている。ケージ越しにチョキちゃんとくちばしの応酬を始める。
 喧嘩を止めようと手を出すとチョキちゃんに噛みつかれるので要注意。ぬいぐるみで脅してケージの中に追い返すといった対処が必要となる。*4
 なお、グリちゃんを解放しても喧嘩にはならない。グリちゃんはそんなことより遊び相手を求めている。



 ふたりの放鳥タイムをずらすようにしてきたが、限度がある。こちらにはこちらのスケジュールがあるので、時間をかけていられないときは同時に解放する。
 面と向かい合うからといって、いつも喧嘩するとは限らない。ケージ越しの喧嘩では安全が担保されていたが、それがない状況では直接対決をためらう。インコもそういった損得勘定を考えるらしい(というか、チョキちゃんはどこまでいってもチキンなのだろう)。
 グリちゃんには余裕があって、時折チョキちゃんの威嚇を無視して遊びに出かける。しかし自分が先に優先権を得たと判断したときは、それを守ろうとし、真っ向から勝負を受ける。
 たとえばグリちゃんが先にぼくの肩にのぼったとき。あとからのぼってくるチョキちゃんを決して受けつけない。縄張りを侵された動物の防衛本能が働く。チョキちゃんも引き下がらない。そこ(ぼくの肩)は一世紀前から自分の縄張りだといわんばかりで、のっしのっしと迫る。



 クリッピングの件にはすでに触れたわけだが、これは前の飼い主の方針だった。二羽を引き継いだ我が家の方針としては、羽を切るなんて、なんとなく残酷で躊躇われるし、特に必要性を感じないといったところ。
 我が家に来てからというもの、ふたりの羽は伸び放題。切り取られていた羽も もとに戻る。
 グリちゃんは飛行能力が戻ったことを生得的に理解できるのだろう。飛ぶための練習なのか、飛び方を思い出そうとしているのか、ケージの屋根に上り、翼を羽ばたかせるようになった。
 チョキちゃんはそのあたりは鈍感だし、積極的ではないのだが、グリちゃんが羽ばたきの練習をし始めるとそれを真似し始めた*5。ふたりが翼を動かすと床に落ちていたチラシが風に煽られて生き物のように床を伝って移動する。
 そして機は熟し、グリちゃんはケージを飛び立つ。チョキちゃんもつられて飛び立つ*6。グリちゃんは器用なのですぐにUターンを覚えてケージに引き返し、ホバリング気味に減速して着地できるようになったが、チョキちゃんは鈍くさいので向かいの壁と一体化している空調に飛びつき、そこから身動きが取れなくなる。Uターンを覚えても減速の仕方が分かっていないのでケージには戻れず、円を描いて飛び回り続けるし、その間加速し続けるので、最後は壁にぶつかるかカーテンにぶつかって止まる。そして生まれたての雛のようなよちよち歩きで近くの人間の救助を待つ。ひとりではケージに帰られないのである。*7
 それでも、最終的には最低限の技術を習得し、ケージからぼくの肩へ飛び移る技能を会得した。これまではチョキちゃんと遊ぶのに飽きたらケージを離れればよかったが、今では飛んで追いかけてくるため、逃げ切れない。



 話を戻そう。
 ふたりの対立が極まったとき、ふたりは空を飛べるようになっていた。
 チョキちゃんはスーパーサイヤ人化している。
 足場が安定していない場所で喧嘩に突入すると、ふたりは空中戦に至る。戦闘機vs戦闘機のドッグファイトとはまったくおもむきが異なる。ドラゴンボールのアニメを実写で再現したかのような展開になる。エネルギー弾こそ使わないが、ふっと消えたかと思うと背後に回り込んでいて、目にもとまらぬ熾烈な打撃戦を繰り広げながら、螺旋状に上昇し、三六〇度、上下左右、全方位に位置を変えながら戦い続ける。片方が遠くへ吹き飛んだかと思うと旋回して舞い戻り、続きがはじまる。ケージの中で空中戦になると、もはや何が起きているのか分からない。
 悟空vsブロリー。そうでなければゴジラvsキングギドラか。
 動画に撮ってみたいところだが、突発的にはじまるし、喧嘩を止めないといけないのでカメラを回す余裕はない。意図的に喧嘩させるのは虐待でしかない。
(一応断っておくと、そういう迫力があるというだけであって、実際には乱打戦は起きていない。両者の翼は飛ぶために羽ばたき続けるのであって打撃には使えないし、飛行中にくちばしの攻撃を連打できる鳥はおそらくいない。姿勢の制御で精一杯だから足で繰り出す攻撃も単発になりがち。激しい羽ばたきと気迫が、絶え間ない攻防を幻視させるのである。なお、両者の足が接触して片方が猛片方を捕まえると、ふたりはきりもみしながら落下する。そのまま床にぶつかることもあるし、際どいところで散開することもある)



 空中戦は危険だし、疲れるし、決着がつかないことはふたりとも分かっているのか、地上戦こそが本番だったりする。
 チョキちゃんの選択は常に一つだ。威嚇する。ただそれだけ。鳥サイヤ鳥になるとグリちゃんの三倍はでかく見える。漫画のたとえばかりで申し訳ないが、範馬勇次郎がするのとそっくりの構えをとる。
 グリちゃんの選択肢も一つだ。姿勢を低く構え、最短距離を一気に詰めるタイミングを伺う。レイピアを構えたフェンシングの選手さながらである。
 チョキちゃんは攻撃しない。決して攻撃しない。チキンだからである。威嚇100%で挑む。威嚇だけは何一つ瑕疵がない。多分、明確な隙があればくちばしを見舞うのだろうが、鈍感なので隙を見いだせない。というか、グリちゃんに隙はない。
 鳥同士の決闘にどんなルールがあるのか、ぼくは専門家ではないから分からないが、いきなり急所をえげつなく抉るといった一撃必殺の概念は見受けられない。なにはともあれ、正面からくちばし付近を攻撃する。眉間にクリーンヒットが入れば勝利条件を満たす。少なくともニワトリはそうやって上下関係を定める。
 このレギュレーションでは勝負がつかない。
 仕掛けるのは必ずグリちゃんからで、小さなくちばしがチョキちゃんの大きなくちばしを打つ。
 チョキちゃんは打たれてから、グリちゃんのくちばしを押し返すようにしてくちばしを突き出すが、全然間に合っていない。
 パワーはチョキちゃんが勝るが、スピードはグリちゃんが圧倒している。手数に押し負けたチョキちゃんが上体を反らし気味になり、これ以上は受けられないとなったところで飛翔し、ぼくの肩に避難する。そしてその安全圏から威嚇モーションを続ける。
 グリちゃんが追いかけてきたらやばい。ぼくの肩の上で決闘が始まってしまう。彼らはイライラすると敵対者にではなく近くの誰かに八つ当たりすることがあるので、それも含めて非常に危険な状況となる。手で払いのけようとすると噛みつかれるので上下動で身体を揺すって振り落とすしかない。
 決闘は一旦そこで中断される。が、互いに決着を望んでいるときは場所を移して再開される。ケージの天井、ケージ前の足場、床。そのどれかが決闘の舞台となる。
 チョキちゃんは威嚇の一択。グリちゃんは低く構えて直線的に飛び出す。グリちゃんが先手を取る。チョキちゃんは後の先を狙うが、完全に出遅れ、ただの後手になっている。そして手数で負けて一時撤退。撤退は敗北ではない。決着はついていないので三度決闘が始まる。



 念のため強調しておくが、ぼくはふたりの喧嘩を望んでいないし、喧嘩が起きれば全力でとめている。ただ、この決闘を面白く感じていたのは事実だ。
 グリちゃんが圧倒的に有利に見えた。
 チョキちゃんはいつも撤退してくる。
 しかしぼくの見ていないところでチョキちゃんがまたグリちゃんに一撃見舞ったらしい。
 聞いたところでは、グリちゃんがチョキちゃんの飲み水を使って全身水浴びをしていたとき、チョキちゃんが怒ってつつきにいったのだという。地の利がチョキちゃんにあったこと、ほとんど不意打ちだったことが勝因か。
 こんなことで格付けは決まらないようだが、グリちゃんはやがてこの対立に飽きていった。
 グリちゃんはぼくより好きな人間がふたりもいて、別にぼくがいなくても困らない。チョキちゃんの相手をし続ける動機が十分ではなかった。
 しかしチョキちゃんは違う。臆病者は裏を返せば陰険で、憎しみ深い。蚊とんぼから獅子となったチョキちゃんは、その自信と、憎悪の深さと、臆病さの延長で、グリちゃんへの優位を示し続けなければ気が済まなくなっていた。
 消えない憎しみほどやっかいなものはない。
 グリちゃんはときどき威嚇するチョキちゃんに「まだやってるよ。メンドクサっ」と思っているように見えた。



 チョキちゃんは手段を選ばなくなった。
 正面切っての決闘は分が悪いと踏んだのだろうか?
 グリちゃんが遊んでいるところを狙って滑空するようになった。
 遊んでいるところを強襲されてはたまらない。単なる威嚇とは異なり、ストレスを与える陰険な攻撃だった。
 ぼくが夜勤で不在の時、グリちゃんは他の誰かと遊ぶが、チョキちゃんは人見知りが激しいため遊び相手がいない。楽しそうにしているグリちゃんをねたみ、滑空して脅す行為は日常化した。
 が、これが脅しというのはあくまで人間の解釈であって、チョキちゃんにしてみれば毎回全力で狩りにいっていたのかもしれない。飛行技能が未熟なチョキちゃんは小回りが利かず、超低空飛行も苦手なので、床を歩き回るグリちゃんを仕留めきれずにいたが、下手な鉄砲も数打ちゃ当たる。ついにグリちゃんをとらえた。ケージの真上から斜め四五度に滑空し、体当たり気味に仕掛ける。ネズミを捕獲する鷹や鷲と同じように両足で捕まえるのだ。もう、完全に殺しにかかっていた。
 捕まったグリちゃんに為す術はない。パワーと体重差で、文字通り圧倒されてしまう。ただ、体勢的に捕まえた獲物をくちばしで突き刺せるようには見えないので、殺害まで発展することはなさそうだった*8。しかし、これで格付けは決まった。グリちゃんはチョキちゃんに喧嘩を売るのはいろいろと損でしかないと学習したらしく、これだけは譲れないという最後の一線を越えない限り、決闘することはなくなった*9。ケージの外から威嚇してくるチョキちゃんを面倒くさがって三角ベッドの陰に隠れるグリちゃんからは、ジャイアンの面影は消滅していた。



 格付けが決まったところでふたりの戦争は終わりを告げたらしい。
 仲睦まじかったあの頃には戻れないが、そもそも最初は犬猿の仲だったので、元の鞘に戻ったというべきか。
 今は放置していても決闘には発展しない。しかし時折、チョキちゃんはグリちゃんの頭上を滑空する。そうやって脅しをかけてグリちゃんを騒がせれば、喧嘩の仲裁にぼくがでてくる。ぼくを呼び出せれば遊んでもらえる。――そんなふうに学習してしまったのではないか? 悩ましい限りである。

*1:外見から判別するのは困難。

*2:鳥は人間でいう白目の部分が外見上、存在しない。

*3:積み木を数珠つなぎにしたようなもの。噛みついて壊すことがストレス解消につながる。

*4:自分より大きな者はなんでも怖がる。

*5:グリちゃんがいなければ飛ぼうとしなかったかもしれない。

*6:仲間が飛び立つと、それに置いていかれまいとするのか、外敵が迫っている可能性を考慮するのか、つられて飛び立つ。そういう本能があるらしい。

*7:このとき以外は人の手にのってくれない。普段はぼくの手にすらのってくれない。のってくれるのは発情モード120%に達したときだけだ。

*8:人間が全力で阻止するので続きを見たことはない。

*9:越えたら喧嘩する。グリちゃんの芯はまだ折れていない。