万馬券の予感

 
 昨夜から右上の歯茎がしみだした。
 昼食の「豆腐の牛肉あんかけ」が熱かったので火傷したのだろうと見なした。
 
 しかし、本日の昼食でも結構堪え、なにやら様子がおかしいと感じた。
 仕事を終え、帰宅し、夕食後に手鏡を口の中に出し入れして確認したところ、鏡が曇ってはっきりとは見えなかったが、大穴の予感。
 デジカメで口内を撮影しまくってPCで開いたところ、あってはならない空洞が……。
 
 虫歯だった。
 
 ショックだ。
 歯医者とは縁を切って十年にもなる。
 大学を卒業した頃から、僕は、虫歯にならない体質になったのだと自惚れていた。
 だが、真実は残酷だ。
 
 急いで病院へ自転車を飛ばした。夜風が寒く、呼吸するだけで歯がしみた。
 近いと思っていた●●歯科は遠く、手がかじかむ。車で出るのだったと後悔した。
 しかし本当の後悔は歯医者でレントゲンを撮ってから訪れた。
 レントゲン写真の白いところが「硬い部分」に相当するという。歯にかぶせられた銀は白く映っていた。
 黒いところが「柔らかい部分」だという。虫歯は当然、溶けて柔らかい部分だ。 
 
 真っ黒ですね、と医者が言ったから、今日は虫歯記念日。
「ここが問題の歯ですね。どうです?」
「黒いですね」
「こちらの歯のこの部分も黒いですね」
「はい」
「こちらのここも黒いですね」
「はい」
「ここも、ここも、ここも、ですね」
「ですね」
「全部虫歯です」
 
 虫歯とは縁が切れたと信じていたのに……。
 信じていたからこそ、就寝前にエンゼルパイを二個食べて、歯磨きは朝でいいや虫歯にはならないしと不遜な考えで床に就く生活……
 僕はなぜ太らないんだろう、あ、そうか、これは甘味の神様からの啓示だ、世界中のスイーツを体験せよといってくれてるんだ、と調子に乗っていた日々……
 昨夜も箱買いした缶コーヒーの「BOSS Rich on Rich」を夕食後に飲んだし、入浴後にチョコクレープを食べた。歯は申し訳程度にしか磨かなかった。申し訳ない。
 
 歯周病を恐れて熱心には磨きをしていたのは大学生までのこと。
 社会人になってからは、歯および歯茎の管理は堕落しきっていた。
 
 覆水盆に返らず。
 もはや笑うしかない。
 
 はっはっはっは……!
 はっ……!
 ハハハ! ハハッ!
 歯ッ! 歯ッ! 歯ッ!
 歯歯歯歯歯ーッ!
 
 歯科医は言った。
「相当 根性を入れてかかってくださいね。全体的に酷いとはいえ、まだ間に合う段階ですから」
 ところでこの医者はとてもイケメンだった。
 男でも診てもらうならイケメンの方がいいんだな、などと考えながら、レントゲン代、治療代、薬代を支払った。締めて4430円になりますだそうですはい。え、この金額で長期戦ですかマジですか、そうですか。
 午後十一時、僕は病院を出た。明日は午前四時に起きなければならないが、しかし、ここはやはり、ブログのネタにせずには寝られまいと思った。
 
 
 
 今日から間食は止めます。
 食後三十分以内のデザートのみ可とします。
 部屋に抱え込んでいるエンゼルパイもチョコパイもカスタードケーキもウエハースもシリアルサンドクッキーもカロリーメイトもリビングのテーブル上に解放し、僕は一切手を付けないものとします。
 
 なお、缶コーヒーは間食に含まれません。