ミスター・モーニング

 ミスター・モーニング。
 つい最近のこと。カラオケで、この曲をふっと思いだし、高校の頃に合唱コンクールで歌ったので大丈夫だろうと、試しに歌ってみて惨敗した。音が高すぎた。男子の低い音程を歌っていた私には到底出せないレベル。帰宅してYOUTUBEで聴いて納得。こんな素敵な歌、歌いこなせるはずがなかった。




作詞:村田 さち子 作曲:小六 禮次郎



 高校二年生の当時、私のクラスは円満だった。
 クラスの全員にニックネームが割り当てられる徹底ぶり。イジメなんてなかった。いじることはあったが、いじる側にしてみれば、言葉のやりとりが一切ない関係の方がイジメのようで好ましくなかったのだろう。
 そしてその年の合唱コンクールの課題曲がこの「ミスター・モーニング」だった。
 高校生といえば、この手の歌謡曲なんて野暮ったくてしかたのない曲としか映らないだろう。流行のJ-POP、洋楽、熱血アニソン、心躍る曲は他にいくらでもあって、合唱コンクールに歌わされるような曲はダサいの一言で切って捨てるのが普通だった。それどころか合唱コンクールそのものを疎ましく思うはずだ。ところが、私のクラスは、誰一人としてこの曲をダサいと言わなかった。クラスが一丸となって合唱コンクールに挑む、というレベルでもなかったが、その一歩か二歩手前で練習していたし、この課題曲を楽しんでいた。

 この歌を聴くと、人の力強さが感じられる。歌詞や曲のためではなく、あんな学校生活が現実に可能だったのだという体験が蘇り、互いに支え合う関係性のもたらす大きな力が信じられる。


ミスターモーニング
会いたかったよ 夜の道は朝に続くのに
ミスターモーニング
不安だったよ 会って君と歩きたかった

 
 夜の道は朝に続く……!
 そんな考え方は、なかなかしがたく、つい最近も安っぽい詩で《深夜二時に襲いかかってきた絶望を、午前五時の朝焼けは遥か遠くで傍観している》と唱えたばかり。
 夜の不安を退ける、ミスター・モーニング、私の知っている誰に最も近いだろうか。