ワンピの敵役賛美?――ゴッド・エネルの絶望顔

空島編の評価は低い

 『ONE PIECE』で人気のあるボスキャラといえばゴッド・エネル。ゴロゴロの実を食った雷人間。わかりやすすぎる。ゴッドを名乗るにふさわしい威力・規模を持つ能力だった。少年ウケがよかったものと思う。
 で、それほど印象的なボスが登場するというのに空島編は『ONE PIECE』のエピソードの中でも評価が高くない。空島なのに高くないなんて、残念。
 そういう意味では敵キャラに魅力がなかったのかもしれない。実際、空島編の導入はワクワクした。2chなどで「メリー号が空を飛んだ時点で萎えたw」という意見が多かったが僕はワクワクしていた。空島の生活風景が描かれ、謎の敵にゾロやナミたちがメリー号ごとさらわれ、マントラを使う敵と遭遇し、神官やゲリラといった勢力が現れ、畳みかけるように「神の島(アッパーヤード)」がジャヤの半分であることが明らかになる(黄金郷は空島にやってきているのではないか!?)。エンターテイメントの鏡といって差し支えないよく考えられた展開だし、ペースも悪くない。ノーランドとガルガラの過去話もカタルシスを導くためのタメとして申し分ないし、ルフィが最後に鐘を鳴らして「黄金郷は空にあったんだ」と伝える流れは鳥肌ものだ。
 それでも空島編の評価が高くないとしたら、やっぱり敵キャラのせいではないだろうか。仏教的なモチーフを持つ敵キャラだったので、ちと地味だったことは確かだ。なぜ戦わねばならないのかという動機が見えにくいことからもノリにくい面がある。あるいはバトルそのものがつまらなかったのかもしれない。サバイバル戦になると状況が入り乱れすぎてしまった。生存者の数の減少がタイムリミットを告げるカウントダウンの鐘のごとく作用するようにと考えられていたようだが、名もない雑魚が朽ちていくばかりで逆に冗長さを煽ってしまってもいた。


空島ギミック

 しかし、ギミックとしては、根底が根性論に帰結するバトル漫画とは思えない凝りようだった。空島では「貝(ダイヤル)」という特殊な装置があったし、空雲を加工して利用する技術もあった。それらは知らなければ対処できず、戦闘につきものの情報戦の側面を分かりやすく描いていた。
 「心網(マントラ)」という要素もあった。他者の位置を把握し、次の動作を見切るこの力は、最終的にはフェードアウトしていった。――サトリは動揺してマントラを乱し、ルフィに捕まって動きを封じられ、サンジによってとどめを刺された。ゲダツも最後の最後、起死回生の必殺パンチを外してしまったのは冷静を欠いてマントラを乱したからで、チョッパーに負けている。オームは空雲を利用した剣とマントラを完璧に使いこなしていたためゾロは苦戦を強いられるが、機転を利かせ百八煩悩鳳でカウンターを決めた。なるほど、相打ち覚悟で相手に一瞬先に手を出させればマントラを攻略できるのかもしれないが*1、ロギア系能力者のエネルには普通、成立しない。エネル戦の終盤ではマントラの描写があたかも忘れ去られたかのようになくなっている。マントラは、あまりに強すぎた。
 そんなマントラはやや残念だが、空島のバトルは上記のギミックのために凝った戦術が目立った。特にワイパーが海楼石まで装備している準備の良さを評価したい。あそこまでやってもエネルを倒せなかったというところで、恐怖こそが神と嘯くエネルの言葉が説得力を持つ。


賛美してみる

 空島編の評価は低い、などといいながらもエネルを賛美してみる。
 悪役としての評価は、どれだけ嫌らしいことができたかに尽きる。エネルの場合、人心の弱さを見抜く才能があった(マントラと関係あるのかも、と想像する)。国民たちに罪の意識を与え、迷える子羊を自ら生み支配するシステムのあくどいことといったら、なかなかのもの。また、ルフィとの初の対戦後、分が悪いと判断したなら徹底的に戦わないところも、読者としてはイライラするが戦術として正しい。
 エネルの能力が雷だと知れたとき、読者は当然(?)ルフィがゴム人間であることを意識したはずだ。少なくとも僕は意識した。水を被ってクロコダイルを殴れたルフィだから、ゴムの肉体であればエネルを殴ることができる。ゴムは電気を通さない。ピカチュウの電撃が石タイプのポケモンに通じないのと同じぐらい分かりやすい図式だ。となると僕の興味は、その安易に予想できてしまう事実をどんなふうに描くのかということだった。これについては実際の所ほっとんど期待していなかったのだが、蓋を開けてみれば、ゴッドは尾田栄一郎先生だと知れた。まさかエネルのあんな顔でキメてくるとは予想外だった。空島編屈指の名シーンである。そしてナミの内的独白「もしかしてルフィはエネルにとって世界にたった1人の“天敵”」にも脱帽。天敵という言葉のチョイス。こんなのはなんてことないように思われるが、これができるかどうかでセンスが分かる。
 勢い、作者賛美をしてしまったのでエネルに焦点を当て直す。エネルの魅力はまず膨大なエネルギーを操るところにある。およそ底をつくことを知らない電力を駆使していた。この「圧倒的さ」がすごい。たとえば一般人がメラメラの実を食べたとして、火拳のエースの技「火拳」のように船を焼き尽くすような火力が出せるだろうか? せいぜいフランキーが口から吐くフレッシュファイヤーが限度ではないだろうか。悪魔の実を食べたからといって、鍛錬は必要なのだと思う。ところがゴロゴロの実は、もしかして食べるだけでいいんじゃないか、最初からあのエネルギーなのではないか、とすら思わせる勢いがある。そんな想像をさせてしまうだけの「圧倒的さ」が、まずすごい。
 だが、パワーに頼ってばかりいるエネルでもない。ルフィに電撃が通じないと知ってからの攻めは冷静かつ知的。ゴムゴムのガトリングを掴んで止めて、手が増えたわけでもあるまいと言い放つことで、あんな間抜け面を晒した直後にありながらあっさりとボスの風格を取り戻す。だからこそ、これを更に、跳弾というアイデアマントラを攻略し、ねじ伏せたルフィが映える。


屁理屈をこねてみる

 今回、エントリを書くに際して読み返してみたところ、空島編、なかなかよかった。サバイバル中盤のだれた感じとエネルの呆気ない最後がイマイチだが、それ以外は問題なし。邪推するに、空島編の評価の低さは、これに続くフォクシー海賊団とのデービーバックファイトが悪影響を与えているのではないか。姑息すぎるフォクシー海賊団の戦い方で、麦わら海賊団が今更そんな連中に苦戦している姿を見せられても……、とフラストレーションが溜まり、空島編もその巻き添えを食った感じ。
 そんな妄想をしてもしょうがないのでエネルのあっけない最後を解釈をしてみる。基本、屁理屈。
 
1.エネルは特大の雷迎を放って実は疲労していた。
 体力不足で敗北、というちゃっちいボスじゃなかったのだが。
2.エネルは怒りで我を忘れてマントラを十全に扱えていなかった。
 そんな描写なかったし、つまらない解釈だが。
3.「雷神(アマル)」は実は機動力が削がれるデメリットがある。
 流石に妄想が過ぎるというものだが……。しかしルフィの蹴りは食っていたことから、否定はできない。
4.方舟マクシムをかばっていた。
 雷迎も万雷もマクシムとのコンボだったのでルフィが鐘より方舟を殴った方が早いのじゃないかと気づかれてはやっかい。雷神で巨大化してルフィの目を引きつけたという説。で、回避が遅れた。ルフィの蹴りを食らったのも、意図的にその場に留まっていたからか。
5.ロケットによる加速
 ゴムゴムのロケットから入るゴムゴムの黄金ライフルは加速していてエネルの回避が間に合わなかった説。ロケットからの黄金ライフルは初見の技でもあったので予想が外れた、と。マントラで技の発生のタイミングまでは見切れても、技の速さ自体は見切れないのではないかと思う。



 というところで、なんだか煮え切らないタイミングですがエントリ閉じます。



 以下、空島編該当の巻。

ONE PIECE 24 (ジャンプ・コミックス)
尾田 栄一郎
集英社
おすすめ度の平均: 5.0
5 自分の夢は自分で叶える
5
3 かっこよし!!
5 はやく〜〜
5 ONE PIECE最高
 24巻といえばアラバスタ編の最後をまだ引きずっているところ。黒ひげ初登場の巻でもある。
 
 
ONE PIECE 32 (ジャンプ・コミックス)
尾田 栄一郎
集英社
おすすめ度の平均: 4.0
5 漫画喫茶で泣いた!
5 いやぁ、すげぇ・・・
1 最初は…
4 今日読み返してみて
4 空島完結
 32巻はエネルと最終戦に始まり、フォクシーが登場して終わる。青キジがちらっと初登場。


*1:それって『はじめの一歩』でよくありすぎる展開。