死体安置所

 うちにはトドがいた。みなさんの家にも一頭ぐらいいるのじゃないだろうか。床の上で寝入ってしまう生き物が。ぐでーんとか、どどーんとか、そんな感じでふてぶてしく脱力して場所を取っていびきを掻いているやつが。揺すってもなかなか目を覚ましてくれず、うーんとか、ああとか、生返事だけして、結局そのままトドをやめずにトドでいて、トドのままで朝を迎える。とどのつまり、我が家ではリビングの床に寝てしまう人のことをトドと呼ぶ。
 今は上京していなくなってしまったが、妹はすごかった。高校時代後半から専門学校時代にかけて、うちの妹はトドの名を欲しいままにしていた。一年のうち、寝所で眠ったのは片手で数えられるかどうかといった数になる。あれの寝台はいったいなんのためにあったのかと思う。横になってソファを占領したり、冬場こたつにもぐっているというのは、まだ格好が付くが、床に寝ころんで深い眠りに落ちている様はまさしくトドだった。母を超えるトドっぷりであった。母は西洋のように床に座らない・寝ころばない生活を口では唱える人であったが、ほぼ毎日床に突っ伏して眠ってしまう。正座から額を床につけにいったような、柔道でいうところのカメのポーズを取る*1。なぜ、あんな息苦しい格好で眠ってしまうのか理解に苦しむ。それでも、日が変わる前後の時間帯に起きて寝所へ引き上げていくので明け方までリビングにいることは稀だ。
 そんな母親を持つためか、弟たちも床で寝やすい。夕食後に寝ころんだ姿勢でテレビを見るなどはトドに化ける一歩手前である。風呂を逃し、朝にシャワーを浴びるケースへ一直線である。
 家族で仲良く川の字を描くというが、リビングの床で描くのはいかがなものか。
 私だけは、トドにならない。家族の誰もが容易にトドになり果ててしまう環境にあっても、睡魔にぐさりと刺されそうな予感がすれば即刻寝所に移る。分別ある人間として当然のことをしているつもりなのだが、周りはこれができない。母の言によると私だけ血液型がO型だからだそうだが、こちらから返す言葉としてはオーマイガッ(=そんなことはない)の一語に尽きる。
 
 
 
 リビングの床には睡魔が住み着いているのだろうか。私は家を出るまでトドを見続けなければならないのだろうか。そう思っていたが、歳がかさむに連れ状況は改善されていった。妹が先に家を出て行ったし(でも今もトドに違いない。訊いたことはないが)、父は早めに寝所につくようになったし、母は寝るときはソファに腰掛けて天井を仰ぐように寝て、前より早くに意識を取り戻し寝所へ移っていく。弟たちは進学して部活動が変わり体力の著しい消耗から離れたからかトドにならなくなった。
 しかし、トドを見なくなって久しい今日この頃、リビングの床は死体安置所に変わりつつある。次男のやつがしばしば死体になって現れるのである。これはどうみても眠ってるんじゃなくて死んでるだろうとしか思えない風体でいるのだ。近づいて抱きかかえ、よかった、気を失っているだけだ、と呟かなくてはならない場面のように。しかも、トドの時代とは違って、彼の遺体は私の寝床にも頻出する。ここのところ夜勤続きの私は自室に帰ってきて彼に驚く。一昨日は、どう見ても正面から眉間に拳銃を撃ち込まれて倒れた格好にしか見えなかった。昨日は昨日で刺殺されていた。こりゃナイフに刺されたんだな、正面からまず片腕を掴まれて身体を前に泳がされ、後ろを取られ羽交い締めにされた一瞬後に背中側から臓器を一突き、苦痛に悶えながら短い悲鳴を上げ、頽れて息を引き取り、今に至る、としか言いようのない状況だったりする。下手人のやり方が分かってしまう点が秀逸だ。獲物が拳銃かショットガンかナイフか判別が付いてしまう。しかしながら真犯人はゲームなのだ(ファンタなんとかポータブルとかいうやつで、それで遊ぶために必要なルーターを、お年玉とクリスマスプレゼントを兼ねて買い与えてやったのは私だから、私も間接的に手を下したことになる)。夜を徹してゲームをしては我知らず眠りに落ちているという寸法だ。大学生というのは時間がありあまっているらしい。まったく、呑気なものだ。うらやましすぎる。
 
 
 
 あなたの家ではトドを飼っていますか? それとも銃殺死体あるいは刺殺死体が転がっていたりしますか? はたまた別の何かが……?

*1:寝技を避けるために手足を取られぬよう丸くなるポーズ。