続々・筆銀物語





 ペンギンの朝はいいことをいうところからはじまる――否、はじめるべきである――と考えた格好付けのペンギンは足下を見ながら考える。
「やあ兄弟、何を落ち込んでいるね?」
「おや、おや――」
 格好付けのペンギンは顔を上げ、上げた勢いで首をぐるりと回す運動をし、目線をちらと逸らしてから、「ごきげんうるわしゅう、アンドリュー」
「これはごていねいに、ええと、ああんと――ロサダくん」
「私は落ち込んじゃいませんよ。うつむいていたって、それは賢いペンギンの考え方というものです。腕を組んで、足は休めの形にするのは人間流ですが、なにか?」
「いいえ、なにも」
「私はペンギンですが、なにか?」
「いいえ、なにも」
「それは、なによりです」
 そこで格好付けのペンギンは、何か気の利いたことを言わなくてはとしばし考えたが、ついに思いつけずにがっくりとうなだれた。
「ロサダくん、君は何をそんなに考え込んでいるんだい?」
「いいえ、これはがっくりときているポーズですが、何か?」
「見分けるのが難しくって困りますね」
「そうですね」
 格好付けのペンギンは、今に何か気障な言い回しを閃きそうに思ったが、でそうででないくしゃみのように、閃きは余所へ逃げてしまった。そこで、もう間が持たなかったので、正直なところを述べた。
「実を言うと、私は君の名前を覚えていないんです。当てずっぽうで言ったんです。君はそれを承知の上で、あえてアンドリューの名を引き受けて下さいましたね。お心遣い感謝します」
「たいしたことではありません。僕の方も、実を言うと、兄弟がなんという名前だったかはっきりとは覚えていなかったものですから、少し考えてでてきたふうを装いました。これで間違えても傷は軽くて済むという打算があったのです。そこを兄弟は保険をかけず真っ直ぐに僕の名前をいいましたね。当てずっぽうなのに、さも真実のように。僕は一瞬、僕の名前がアンドリューだったかもしれないと慌てたのですよ。僕にもそのような度胸が欲しいと常々思っているのですが、なかなかうまくいきません」
「いいえ、私こそ、君のような気遣いができればと普段から心がけているのですが、ままならないものです」
 ここで、二人のあいだに快活なペンギンが割り込んできた。
「やあ、ジョニィ、おはよう。やあ、メルニク、今日も元気かい?」
「いいえ、私はロサダです」
「僕の方がジョニィです。メルニクは君の名前じゃなかったかな?」
 快活なペンギンは悪びれるどころか満面の笑みを浮かべて二人の肩を叩いた。
「知っていたとも、どちらの名前も、違っていたと。どうしても覚えられないのだからしかたない。なにしろ、三歩歩けば忘れる鳥頭というじゃないか。だが、兄弟たち、この兄弟という言葉がある限り名前なんて必要ないし、おふたがたが兄弟だということは何歩歩いても忘れることがないのだから、名前を忘れることの何を恐れることがあるだろう?」
 格好付けのペンギンは、あれしまった、気の利いたことを先に言われてしまった、という心の内をそのまま表情に出してしまって、隣のジョニィも同じ顔をしていることに気づく。
(やあ、兄弟、同じことを考えていたようだな、そして、そろって先を越されたのだ)と、格好付けのペンギンは括弧付きで思ったし、思ったことを直に口に出して兄弟と笑いあうと、歌を歌って海へ向かった。

 〜あなたも兄弟さん、わたしも兄弟さん、笑う声まで同じね、わっはっはっは、同じね〜