お瑕疵い木目ちゃん、出逢いと別れと再会とこれから


 親指の腹の中央から少しはずれたところに、象が踏みつけてぺしゃんこにした目玉焼きのような茶色がある。指紋と相まって木目のように見えるそいつを弟や妹たちはほくろと呼んだ。お兄ちゃんは指にほくろがあるんだね、指にほくろなんてできたんだね。そのたびに思ったものだ、馬鹿いうな、ほくろであるものか、と。皮膚が変色してできたものが即座にほくろと呼ばれることはない。でもそんなことをいったところで他に名前があるわけでもなかったから、それはほくろと呼ばれていた。
 やつが僕の親指にできたのは、僕が高校生の頃、格闘ゲームに熱中してプレステのコントローラーをしこたま擦ったからだ。火傷したあとに水ぶくれができることがあるが、僕の指にも同じものができた。キーと指の摩擦熱で火傷? 放っておいてよかったのだが、気になって医者にかかった。針のようなもので水袋を破裂させ、はいお終い。数日後、真っ平らに復帰した親指には木目くん(ああ、そうだ、なんてこった、木目くんと呼べばよかったんだなあ、クソほくろめ、こん畜生!)。
 親指にでんと居座る木目くん。反対の手を並べると非対称ぶりが目につく。なんとも気に入らないが悪戯をしでかすでもなし。僕はこいつと生きていくことを決めた。
 そして時は流れ、僕は社会人になった。残業、残業、また残業の日々。一人きりで夜勤を務めているとき、僕はまた親指を強く擦った。商品にこびりついた粘着テープをはがそうとして躍起になっていた。いつもは布テープを貼り付けて引きはがすのだが、あいにくと布テープは切れてしまっていた。普通のガムテープでは太刀打ちできない。爪も頼りにならない。武器は親指、擦るのみ。そうしてその日の仕事が終わる頃には水ぶくれができていた。摩擦で火傷。今度は信じられた。翌日になっても治らない。せっかちな僕は爪切りで皮膚を破り中に詰まっていた水分を抜いた。そこはちょうど木目くんの定位置だった。変色した皮を引きちぎるとピンクの肉が見えた。もしかして、これは木目くんとのお別れのときがやってきたのだろうか? 期待するまいと思いながらも、僕は期待していた。
 数日後、木目のやつは復活した。しかし以前よりもずっとこぢんまりとしていた。今に消え入りそうなおずおずとした感じ。ふてぶてしかったあいつが、今では目を伏せがちにしている子供みたい。お前、また真っ平らに復帰したな、よく治るもんだ、よく復活するもんだ、いったいいつから僕の設計図に加筆されたんだ、ええ、木目よ。木目は、皮膚の内側に消え入りそうな大人しさで、もう木目のようじゃないやい、木目模様じゃないやい、と訴える。ああ、そうだな、こんなのは、もう、ほくろみたいなもんだ、ちっちゃなほくろ。
 三度目があるかもしれない。僕はふっと考えた。そのときこそこいつとはおさらばだ。でも僕はどうでもよくなっていた。