ワンピの敵役賛美――ゲッコー・モリアという七武海

はじめに

 一億越えのルーキーが登場した頃、「最近のワンピの面白さが尋常ではない」という話をあちこちで耳にすることがあった*1。また、コミックス派の私はよく知らないのだが、まだコミックスになっていない連載中の話では急ピッチで話が進んでいるようで、評判の良さが伝わってきている。そのような最近の盛り上がりを語る言葉にしばしば次のような枕詞を見かけた。「スリラー・パーク編でつまらなくなって読むのをやめていたけど、また読み始めてみようかな」
 いやあ、知らんかったなあ、世間ではそういう評価だったのか? スリラー・パーク編で敬遠した人がずいぶんといたという印象を受けた。とすると、ゲッコー・モリアに冗長さを我慢させるほどの魅力を感じなかったともいえそうだ。私とはずいぶんと感じ方が違う。

モリア登場時の演出

 ウォーターセブンからエニエスロビーにかけてのvsCP9のロングバトルが終わり、物語は新たに進み始め、麦わらの海賊団一行はスリラー・パークに辿り着く。そこのボスが七武海の一角とロビンの口から知らされ、このパートもまた繋ぎの話などに収まらない長さを予感させた(実際、46巻から50巻まで続いた)。ここでのモリアに懸けられていた賞金に関する言及がうまい。
 ロビンは汗を流しながら「元々の懸賞金でさえあなたを上回る男よ」と伝える。具体的にポンと数字をすぐに出さないところが地味にきいている。当時ルフィはすでに三億の賞金首。既出の七武海の賞金額を上回る金額設定であるだけに、普通なら賞金額でインパクトを与えることはできない。実際、モリアの元懸賞金額は三億二千万で、七武海になってから賞金額の上昇がないとはいえ、ルフィより二千万高いだけ。ロビンの曖昧な表現はスリラー・パークのボスを量る物差しを闇に留めたままにしている。また、言葉の使い方を細かく見ていくとロビンの動揺ぶりがモリアを持ち上げている。「元々の懸賞金でさえ」の「さえ」なんて、なかなか面白い*2。世界政府に宣戦布告したルフィの器を目の当たりにしたロビンでさえモリアのこれまでの功績を鑑みるにモリアの方が一枚上かもしれないと評価している。
 モリアの大きさもキモとなっている。ワンピでは登場人物の縮尺が分からなくなる描写をすることがたびたびある。たとえば黒ひげの一団が見開きで紹介されて締めくくられる第234話最終ページでは、「お前ら一般人の二倍以上の身長持ちかよw」と突っ込んでしまうほど対比がでたらめだ。モリアの場合はどうかというと、彼こそ実際に常人の倍はあろうかという巨体なのだが、常にシルエットで包まれていた登場時は大きさを比較できるものがなにもなかった。様々な装飾、ベッド、小さなゾンビである三人の子分は描かれているのだが、そのどれもが決定的な基準になりえない。子分をルフィ達と同じくらいの身長と見立てるとモリアは巨人族になってしまう。私などは「これ、もしかしてベッドが巨大というだけで、実はモリアは小柄なのじゃないか」と疑ってしまった。これは多分、尾田先生が意図的に紛らわしい表現をしてモリアの全貌を曖昧にし続けたのだと思う。
 謎があるから読者は先を期待する。私はまんまとその手にのっていた。

モリアの性格

 そしてシルエットは消え、三名の部下の正面に座する形でモリアが「ドドドンッ!」と紹介される。元賞金額3億2千万ベリーが痺れるが、それよりも気を引くのが彼の台詞。「早く俺を海賊王にならせろ」
 ならせろ? なんじゃそりゃ? 好きな言葉は他力本願? これで七武海なのか? ルフィと似て非なることをふんぞりかえって命じるモリアに私は当惑した。これは奸計でのし上がってきた策略家の海賊なのかもしれないとも思ったが、ワンピという漫画のあり方と七武海という称号が即座にこの考えを否定した。しかし釈然としない。私はこの当惑にカタルシス求める形で先を読み進むこととなった。
 ルフィを前にしても余裕綽々としていたところで私の抱いた靄はやや晴れた。七武海である以上、それなりの地力はあって、正面から取っ組み合おうとしないかぎり逃げ回り続けることくらい容易いのだろうと感じた。
 しかしこの靄が最大級のカタルシスを迎えるのはモリアがくまと対峙するシーンだ。小さく区切られた縦のコマに挟まれての見開きは、スリラー・パーク編最大の魅力を放っている名場面だ。モリアが巨漢であることとくまが巨漢であることが一目して分かり、なおかつ両者の体型がユニークな対比をなしている(くまはいわゆる逆三角形。下半身が細くて肩幅が広く胸板が厚い。逆にモリアは肩が狭いが下半身はでっぷりとしている)。まぶされた前後のセンテンスは漫画を盛り上げて絶品だ。スリラー・バーグ船が霧の海域を抜け出てしまったという子分たちの報告に一切狼狽えず、「それが何だってんだ… 海賊なんだ 海の上ならどこだろうと構わねェ」と海賊としての深い懐を示す。互いの手の内を知っている二人の七武海が牽制的に会話する。モリアはたちまち七武海としての威圧感を纏い、私の中で株を上げていく。最高のカタルシスがあった。
 あと、ロビンとの遠隔操作系能力バトルが魅力的だった。ロビンの能力(ハナハナの実)は地味に強くて、たとえばゾロでも勝てないんじゃないかと思うわけだが、モリアはそのような力に対しても正攻法で打ち勝った*3。斜に構えた戦い方しかしていなかったモリアだが、負けても命乞いしなかったところは、七武海なのだから当然なのだが、他の漫画での彼のようなキャラとの大きな違いがどうしても意識されて、さすがだと思ってしまう。

粋な名前してますね

 これまでの七武海に動物の名前が入っていたのでモリアの名前に首をかしげたが、ゲッ「コウモリ」アとなっていると弟に指摘されて納得。月光ともかけられて洒落た名前だ。

*1:パソコン媒体なので実際には、「目にした」が正しいのですけどもー。

*2:「元々の賞金額はあなたを上回る男よ」だったら、なんと味気なかっただろう。「大丈夫、私はあなたの方が上だと信じているわ」といってるも同然では先が期待できない。

*3:騙しあい、裏のかきあいは海賊の戦いでは正攻法ということで。要するにロギア系のようなチートじみた対処ではなかったという意味合い。