トロル?

 


テキスト

 トロルはいつものようにその巨躯を軽やかに前へ押しやり、黒く重厚な筋肉の塊を鞠のように宙へ浮かせ、両腕を威嚇気味に掲げ獲物に襲いかかった。ゴリラの腕力に耐久力、猿のようなはしっこさ、棍棒を用いる程度の発想力、あれが人類の巣に攻め入ってきたなら打つ手立てはない。十人の屈強な戦士が全滅を覚悟してようやく相打ちを取れる相手である。遥か遠方の岩場を飛び回るやつの姿を見たものは、庭のイバラのトンネルを機敏にかいくぐるウサギを思い出すであろうが、次の瞬間にはやつと隔たっている今の距離など藁でできた壁ほどに我が身を守るには不的確と知るであろう。かくいう私もそうであった。獲物を仕留めたばかりの黒い怪物を見失った次の瞬間、やつが岩の合間から躍りかかってきた。私は咄嗟に姿勢を低くし、身を強張らせ、盾で身体を覆ったが、やつが跳躍した瞬間、真っ直ぐに伸ばされ直線を描いた腕と剣も、丸い鋼の兜も、武装の何もかもすべてが脆弱であり、いかなる行為も無駄なあがきだと悟った。